尋ねきてみよ・・・ 番外編 参 香藤が縁側で、懐から竜笛を取り出し、手入れをしている。 「その笛、いつも懐に入れているな。」 そう言って、岩城は隣に座った。 「うん。」 「噂を聞いたが・・・。」 「ん?」 香藤は顔を上げて岩城を見返した。 「・・・その笛、只の笛じゃないな?」 にっこりと笑って、香藤は頷いた。 「何か、感じる?」 「ああ。」 「うん。あのね・・・もう、ずいぶん前になるけど、俺がまだ十代の頃。 いつも、夜、朱雀門のところまで行って、笛の練習をしてたんだよ。」 「あんな所までか?」 「うん。うるさいでしょ? それに、俺、夢中になっちゃって、 時間忘れちゃうから。」 「お前の笛を、うるさいなんていう奴がいるのか?」 「ううん。誰も言わないけど、ま、俺も邪魔されたくなかったし。」 岩城は、ふ、と笑って、続きを促した。 「それでね・・・・ ある夜ね、いつものように朱雀門のところで笛を吹いてたら、 後ろから笛の音が聞こえてきたんだ。 すっごく綺麗な音でね。 吹きながら振り返ったら、知らない人が、 俺の吹くのに合わせて竜笛を吹いてたんだよ。 目元だけで、お互い微笑んで、俺もそのまま吹き続けたんだ。 気持ち、よかったよぉ。 すっごく上手な人で。 で、俺が吹き終わったら、向こうもやめて、 会釈してそのまま別れたんだ。 「一言も、喋らずにか?」 うん。 「お前らしいな・・・それで?」 それから、月夜の晩になると、いつもその人と会うんだ。 黙って笛を吹いて、黙って挨拶して、別れて。 ・・・どれくらい、続いたかな・・・。 物凄く、綺麗な音だったから、俺、その笛を吹いてみたくなって、 話しかけたんだ。 「なんて?」 その笛、吹かせてもらえませんかって。 そしたら、じゃあ、笛を交換して吹いて見ましょうって、言ってくれて。 「ほう。それで、吹いてみて、どうだったんだ?」 それがさ、ほんとにすっごく綺麗な音でさ。 俺、嬉しくなっちゃって。 これは只の笛じゃない、って思ってたら、いきなり雲が湧いてきて、 雨が降ってきちゃったんだよ。 彼も驚いて、天を見上げてた。 それでも、朱雀門の庇の下に入って雨宿りしながら、 ずっと吹いてたんだ。 そしたら・・・・。 「そうしたら?」 うん。 その人、急に泣き出しちゃって・・・。 「泣き出した?なぜ?」 うん、故郷に帰りたいって。 俺の吹く音が、故郷で聞いたのと同じだって言うんだよね。 そんな音を出せる人は、今までいなかったって。 これを吹いても、誰も雨を降らせる人はいなかったって。 「ほう、お前は、天才振りを発揮したわけだな。」 そんなこと、ないよぉ。 でもね、その雨って・・・。 「竜神だったんだろ。」 い、岩城さん、どうしてわかるの?! 「わかるさ、それくらい。」 うん、そうだったんだ。 神仙苑の竜神だったんだよ。 「久しぶりに、わが故郷の音を聞いた。」って、言われてさ。 雨は、すぐ止めてくれたけど。 でね、その人も、龍神と同じ国の人だったんだ。 「龍神と同じ国のって、いうと・・・。」 うん。 天竺だって。 それでね、龍神が彼を連れて行ってやろうって、言ってくれて。 「お前が、頼んだんだろう?」 ・・・またぁ。どうしてわかるの? 「龍神が、お前の笛に感じてくれたんだろう。」 うん、そう言われた。 そしたら、その人、雲の中にすうっって吸いこまれていったんだよ。 俺、お礼言われて、すごく嬉しかったんだけど。 笛、返すの忘れちゃって。 それから、ずっと、いつか、また会えるかなって思って、 懐に入れてるんだよ。 返さなきゃ、いけないからさ。 でも、すごく綺麗な音だから、吹いちゃってるんだけど。 「お前が、気持ちをいれて吹くと龍神がくるのは、そういうわけだな。」 え?そうなの? 「龍神も、お前の笛が聞きたいんだろう。」 そうなのかな。 ・・・そういえば、その後も、これ吹くと雲がわくよ。 彼が故郷に帰った後、朱雀門で吹いてたら、そうだった。 ちゃんと送り届けたって、龍神が言いに来てくれたけど・・・。 「お前・・・本当に自分がわかってないな・・・。」 え?それ、どゆこと? 「ま、いいさ・・・わかってないところが、お前らしいよ。」 ねぇ、岩城さん、それどゆことなの? 「お前の、そういうところが、天帝に、愛でられているんだな。」 ・・・なんか、よくわかんないけど、いいや。 でもさ、それっきり、彼と会えないんだよ。 帰ってきてないのかな。 「さぁな。・・・朱雀門か・・・。」 なに、岩城さん? 「いや、何となく・・・。」 あの人が、なんなのか、わかる? 「お前、わかってそうだな。」 うん。多分、だけど。 「ああ、その、多分、だ。」 やっぱりね。 ・・・また、一緒に吹きたいな。 「・・・その笛、名前はあるのか?」 ううん。 聞いてないよ。 でもさ、見て、ここ。 「ん?・・・葉が二枚、描かれてるんだな。」 うん、綺麗でしょ? 赤と青の葉。 「名無しの名笛か・・・。」 うん、別に、名前なんていいと思ってさ。 「お前がそれでいいなら、いいさ。」 うん。 「竜笛、か。」 ん? なに? 「いや・・・まさに、言い得て妙だな。その笛に関してだけは。」 そうだね。 「吹いてくれないか?」 うん。 いいよ。 香藤が、竜笛を構え、吹き始めた。 澄んだ、高い、 青い空の、内裏の方向から雲がわき、岩城の邸の上で止まった。 それを見上げて、岩城は微笑んだ。 その雲の中から、嬉しげな波動が岩城に届いた。 と、しばらくすると、その雲が、遠慮をするように脇へずれた。 その開いた空に何重もの七色の虹が棚引いた。 『・・・これは、これは・・・』 岩城が、珍しく正座をしてその虹に頭を垂れた。 『・・・よい、忍んで来ただけじゃ・・・かまうな・・・』 龍神でさえ、遠慮をし、座を譲る相手。 その存在に、岩城は顔を上げて微笑んだ。 『・・・洋二は、よい相手とめぐり会うたの・・・』 『・・・恐れ入りまする・・・』 全てのものが、浄化されるような、香藤の笛が、 周りで起きていることにまるで気付かず、香藤は吹き続けていた。 『・・・よい音じゃ・・・』 虹が、嬉しそうにはためいた。 香藤が笛をおろし、瞳を開いた。 目の前に、岩城の微笑があった。 微笑み返して、香藤は上を見上げ、目を見開いた。 「あれ?雲と虹・・・?」 「ああ。」 「龍神?」 「ああ、そうだ。それに・・・」 「それに?」 「・・・。」 「なんとなく、わかった。」 香藤は、そう言って、その虹を見上げた。 「そうか。」 「うん。時々、見るよ。子供の頃から。」 「そうだろうな。」 香藤は、黙って微笑んでその虹に頭を下げた。 「会えるといいな。その、笛の持ち主に。」 「うん。」 香藤が身罷ってのち、「葉二つ」と呼ばれるようになる、その竜笛。 ときの帝が召して、何名もの名手に吹かせてみたが、 香藤ほどの音を出せるものはいなかったそうな。 〜終〜 2005年5月6日 |
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