尋ねきてみよ・・・   参










「お帰りなされませ。」

「あ、う・・・ん。」

内裏(だいり)から戻ってきた香藤を、

色白で、目元の涼しげな青年が迎え出た。

「えっ・・・と・・・。」

香藤の不思議そうな顔に、青年はにこ、と笑った。

「雪人、と申しまする。」





裏庭に面した廊下に、いつものように岩城が座っている。

白い狩衣(かりぎぬ)に、浅黄の(ひとえ)

片足を上げた膝に、肘を乗せ月を仰いでいる。

廊下に現れた香藤の姿に、岩城はその頬をほころばせた。

「お帰り。」

「うん、ただいま。」

香藤がその隣に腰を下ろした。

香藤の太刀を抱えた雪人が、二人の居室の刀掛けにそれを納め、

岩城と香藤に頭を下げた。

「ただ今、酒(ささ)のご用意を致しまする。」

その後姿を追いながら、香藤が不思議そうに首を傾げた。

「ねぇ、彼、だれ?」

「雪人だ。」

「名前は聞いたんだけどさ、だれ?俺、初めて会うよ。」

岩城は、くすりと笑った。

「・・・お前、しょっちゅう会ってるぞ。」

「ええっ?そんなことないよ!初めてだって!」

思いついたように、岩城は笑って頷いた。

「ああ、そうか。教えてなかったな。」

「ねぇ、彼、岩城さんの式神?」

「そうだ。」

「ふぅ〜ん・・・ねぇ、教えてよ?」

雪人が、膳を掲げて戻ってきた。

二人の前にそれを置き、弊子(へいし)をささげた。

「お疲れ様、香藤。」

「うん。ありがと。」

「佐和さんは?」

「出掛けてる。」

「へぇ、それで彼が代わり?」

雪人が、はにかんで笑った。

「行き届きませぬが・・・。」

「そんなこと、ないよ!そういう意味じゃないんだ、ごめんね。」

侘びを言う香藤を、驚いて雪人が見つめた。

岩城が笑って、雪人に頷いた。

「こういう男なんだ、こいつは。」





「で、香藤。」

「え?なに?」

口をつけようとした杯から顔を上げた香藤の前に、

岩城の面白げな顔があった。

「何か、話があるんだろ?」

「へっ?!なんで、わかるの?」

「顔に書いてある。」

慌てて顔に手をやる香藤に、岩城が破顔した。

「で、どうしたんだ?」





香藤の話というのは、こうだ。

香藤の友人である、土岐頼近に使えている小波、という侍女が、

ある日片足を引き摺って歩いていた。

聞いてみると、腿の内側が痛い、という。

「できものが出来て、それが痛む。」

と、小波は顔をしかめた。

見てみると、確かに白い腿の内側に大人の拳ほどの大きな瘤ができ、

赤紫に腫れあがっている。

家のものが驚いて、心得のあるものを呼び薬を塗ったりするが、

一向に腫れは引かない。

刃物の先を焼いて、瘤に傷をつけ膿を出そうとするが、

出てくるのは血ばかりで、小波があまりに痛いというので、

それ以上のことが出来ずにいた。

刃物でつけた傷が癒えても、小波の腿の腫れは引くどころか、

ますます大きくなっていった。

家の者が困り果てているところへ、奇妙な老人が案内を乞うた。

「できものでお困りのご様子ですな。」

老人はそう言って、家の者に笑った。

その口元から覗く歯の、何本かは失われ、

髪はぼうぼうとして、顔は皺だらけ。

ただ、その瞳だけが妖しく光っていた。

着ているものも、薄汚れて、いかにも怪しげであったが、

何分にも小波が痛がりどうすることも出来ずにいた家のものたちは、

ためしにやらせてみようということになった。

老人は、小波を庭へ寝かせると、

家のものに犬を一匹捕まえてくるように言い、

彼らは首をかしげながら、犬を捕らまえに行った。

捕らえられた犬は、恐怖に震え尻尾を巻いていたが、

老人は意に介さず、

犬を縛り小波の両足を広げた空間に押さえ込んだ。

「どなたか、太刀を貸してくださらんか?」

「これで、かまわぬか?」

その時、庭に面した廊下に出て、

ことを眺めていた頼近が太刀をとってこさせ、

差し出した。

老人は、淡々としてその犬に刃先を刺した。

犬は、盛大な悲鳴を上げ、飛んだ血がその瘤にかかった。

すると、瘤がぐにぐにと蠢きだし、裂け目ができた。

と、そこから、ぷちっと黒いものが顔を覗かせた。

家の者が驚いていると、それは瘤から這い出してきた。

よく見るとそれは黒い蛇であった。

老人は、懐から錐のようなものを取り出し、蛇の頭に突き刺した。

蛇は逃れようともがき、うねうねとくねった。みなの悲鳴の中、

ずるずると蛇は小波の腿から外へと出された。

老人が手にした錐からぶら下がる蛇は、

身の丈4尺あまりもあった。

最後の抵抗とばかり、老人の手に絡まりつく蛇を、

顔色一つ変えず、老人はそのままに、頼近に向き直った。

小波は、といえばあまりの恐怖に気を失っていた。

「なんぞ、褒美を取らせようぞ。」

頼近の言葉に、老人は蛇の絡まった腕を上げ、

「褒美ならば・・・これをもろうて行こう。」

と、にやり、と笑った。

「もろうて行って、なんとする?」

問うた頼近に、老人は答えなかった。





「ふう・・・ん・・・」

岩城が、珍しくなにやら考え込んで、顎に手を添えた。

「その老人、そのまま屋敷から出て行ったんだって。」

「・・・面白いな・・・。」

岩城の言葉に、香藤はじっとその顔を見つめた。

「・・・何か、あるんだね?」

「ああ、まぁな。」

香藤に言い当てられることなど、珍しくもなく、

岩城は隠すことなく頷いた。

「香藤・・・。」

「うん?」

「俺はこれから、出かける。」

「え?!危ないよ?!」

驚いて声を上げる香藤に、岩城はさすがに苦笑した。

「何が危ないんだ?」

「え・・・だって・・・そうだ!」

「なんだ?」

「俺も行くよ!」

深い溜息をつく岩城に、香藤は首を傾げた。

「・・・言うと思った。」

「やっぱり?」

へへ、と笑う香藤に岩城は仕方ない奴、と微笑んだ。





月が出ている。

その月が、時折、雲に隠れるようになった。

岩城の右を歩く香藤が、灯りを持ってくればよかった、

と少し後悔しかけた時、

ふわり、と前方に狐火が湧いた。

「・・・呼んだの?」

「ああ・・・香藤。」

岩城が、狐火を指して、目を細めて香藤を振り返った。

「雪人だ。」

「ええ?!だからしょっちゅう会ってるって言ったんだ?!」

ぽかんとして、狐火を見、香藤はその狐火に向かって声をかけた。

「ごめん!知らなくて!」

狐火は、香藤に近付きまるでお辞儀でもするように揺らいだ。

「ひどいなぁ、もっと早く言ってよ。」

「すまん。」

「・・・でさ、どこ行くの?」

「大円寺だ。」

大円寺門跡である月心から、急な呼び出しがあった、という。

「月心殿か・・・」

図らずも、香藤の頬が綻んだ。

岩城はその顔に、思い出したように頷いた。

「そうか・・・月心殿は、お前の叔父御だったな。」

「うん。よく、遊んでもらったし、いろいろ教わった。」

今上帝が一目置く、月心門跡。

その磊落(らいらく)さを、香藤は受け継いだようだった。

香藤が、ふと、首を傾げた。

「でもさ、なんで俺に言わないで、岩城さんに?」

と、いいかけて香藤は気づいたように笑った。

「そっか、そういう方面のことなんだ。」

隣で、岩城がくすり、と笑った。





「なるほど。」

月心門跡が、岩城を見つめて頷いた。

「大したものじゃ。噂以上じゃの。」

そう笑って香藤に顔を向けた。

「おこと、面食いであったか。」

「違いますよ!」

「隠すな。いい訳にならん。」

そう言って、呵々と笑う門跡に香藤は苦笑した。

岩城は内心で同じように苦笑しながら、香藤の少し後ろに控えていた。

門跡が、ゆったりと手を差し招いた。

「これ、御息所、引いて座らぬと、隣へ、隣へ。」

「・・・は・・・。」

内心どころか、顔に出して苦笑する岩城に、門跡が微笑んだ。

「洋二の選んだ相手じゃ。御息所であろうが。遠慮は要らぬ。」

「・・・その呼び方は、お止めください。」

「なぜじゃ?」

後を振り返り、岩城の困り果てた顔を見て、香藤が吹き出した。

「無理だよ、岩城さん。みんなそう呼んでるんだから。」

溜息をついて、岩城は香藤の隣に座りなおした。

その彼に、門跡は改めて話を切り出した。

「此度は、御息所に力を貸してもらわねばならぬ。」

大円寺に伝わる、孔雀明王像。

それは、両手の上に乗るほどの大きさで、滅多にない意匠であった。

明王を背に乗せた孔雀が、嘴に小蛇を咥え、

その脚にもう一匹を、捕らえていた。

「それを、来訪する客人が見たいと言うのでな。

手入れをして居ったのさ。」

その途中、来客があり、席を外した門跡が戻ってきた時、

像から外して脇に置いてあった木彫りの小蛇が、

二匹とも消えていた、という。

「・・・あれは、迂闊(うかつ)であったわ。

考えればわかりそうなものであったにな。」

あたりを探してみたが、見当たらない。

事の重大さに気づいて、背に汗が流れた。

「で、思い出した。」

門跡が、にやり、と笑った。

「いまだ、紹介もされておらぬが、

洋二の御息所が居るではないか、とな。」

「いやみな言い方、しないで下さい。」

門跡は、顔をしかめる香藤に肩を揺すって笑った。

「すまぬ。早々、ここへ来ることなど、叶わぬからな。

大人になってからは。」

岩城は、黙って話を聞いていた。

香藤と門跡の会話も耳に入ってはいないように、

視線を一点に貼り付けて、じっとしている。

香藤は、その姿を見ながら、今、岩城の頭脳が、

あちこちへと思考を巡らせているのだろうと、声をかけずにいた。

「・・・お伺い致したきことが、ござりまする。」

静かに、岩城が顔をあげた。

「なんじゃ?」

「その、お客人の名を、お聞かせ願えまするか?」

「ああ、かまわぬ。土岐頼近殿じゃ。」

「え?!」

香藤の驚きとは裏腹に、岩城は静かに頷いた。

「それから・・・。」

門跡の言葉に、岩城がはっと、顔を上げた。

「もうお一方。橘忠重殿じゃ。」

すっと、細められた岩城の瞳に、香藤はごくり、と唾を飲み込んだ。

「・・・岩城さん・・・?」

香藤の声を聞き流して、岩城は門跡に向き直った。

「その像、お借りして参っても、宜しゅうござりましょうや?」

「無論じゃ。よしなに、頼む。」

そう言って、頭を下げる門跡に、岩城はにっこりと微笑んだ。





あわただしく、廊下を走る音が響いていた。

『ま、騒々しいこと。』

御簾内で、女たちが眉をひそめた。

『・・・あれ、三位殿では・・・』

大内裏の廊下を走るなど、他に誰がするものか、と、女たちが笑った。

廊下を突っ走り、香藤は陰陽寮へ向かった。

玄関に現れた男に、香藤は息を切らして叫んだ。

「岩城さんは?!」

「居られまする!」

同じように、男も叫んで香藤に道を譲った。





「岩城さんっ!」

私室の扉を開けて、香藤が飛び込んできた。

岩城は、顔を上げて香藤を見上げ、静かに頷いた。

「出たんだろう?」

「うん。橘忠重殿のところに。」

「で、老人が現れた?」

「知ってるの?!」

「いや。」

そう言ったまま、岩城は黙った。

香藤は、その顔に見たこともない緊張した表情を見て、顔を引き締めた。

「出掛ける。」

「俺も、行く。」

「ああ。」

二人は、西へ向かった。





着いたところは、都を外れた野原。

都の西側は、今はさびれ、人家もまばらになっている。

その中の、荒れ果てた廃寺の前で、二人は牛車を降りた。

その壊れて崩れかけた門扉に向かって、岩城が声をかけた。

「居られまするか。」

「・・・やはり、気づいていたか。」

その中から、男が一人、姿を現した。

「菊地?!」

香藤が目を見開いて、その不敵な顔を見つめた。

「・・・死んだ、と思っておったか?」

くくく、と、菊地が笑った。

「お返し願えましょうや?」

岩城が、淡々とした声で尋ねた。

その顔を、菊地は口元をゆがめて見返した。

「返すも何も、あれはお前のものではあるまい。」

「頼まれましたゆえ。」

「ふ・・ん、ただで、と言うのか?」

岩城の全身を舐めるように見る菊地のその顔に、

香藤が激昂しかけた。

それに気づいて、岩城が、す、と手を伸ばし、

握り締める香藤の左手を、右手でふれた。

「岩城さん・・・。」

振り返る香藤に、岩城は黙って小さく首を振った。

「ほ、仲のよろしいことだ。」

菊地が、腕を組んで顎先を上げた。

「持って帰るがよいさ。帰れるものならばな。」

「そうさせて頂きましょう。」

菊地は腕を組んだまま、にやりと笑いながら、片手で顎を掻いていた。

岩城は、香藤に牛車のところまで下がるように言った。

そうして、唇に交差した指を当てた。

小さな岩城の声が、その唇から漏れ始めた。

「おん、まゆら、きらんでい、そわか・・・・・。」

岩城の声が途切れることなく流れ、風が、ざわざわと吹き始めた。

その、崩れかけた門の屋根の上に、

突然、二つの黒い影が顔を擡げた。

「うわっ?!」

思わず、香藤が声を上げた。

その影は、二匹の巨大な蛇であった。

「さて、もって帰れるかな・・・?」

菊地が、片眉を上げて岩城を見つめた。

静かに、岩城は呪を唱えながらその大蛇を見上げた。

ぬらり、と門を乗り越え、蛇は岩城を睥睨(へいげい)している。

しゅるり、と二匹がが岩城に向かって動いた。

「岩城さんっ?!」

香藤が慌てて、牛車の傍から駆け寄ろうとした。

「来るな、香藤!」

「岩城さん!」

「いくらお前でも、無理だ!」

「くそっ!」

香藤が叫ぶその前で、巨大な二匹の黒い蛇は

鎌首を擡げて岩城に襲いかった。

カッと開いた口から、毒液が岩城に降りかかる。

避けようとして、避けきれずそれを浴びた岩城の身体が、

真っ白な光を発した。

「い、岩城さんっ?!」

その光が失せたとき、そこに蹲っていたのは、

岩城であって岩城ではなかった。

発した光が凝ったような逆立つ白金の髪。

眦に朱のさす、見開かれた金の瞳が、時折青白い光を帯びる。

立ち上がった岩城の背に、

九本のたなびく白銀の光の帯がたゆたっていた。

「・・・い・・岩城さ・・・。」

香藤が、呆然と立ち尽くし岩城を見つめていた。

その香藤に、菊地が嘲った。

「見ろ。あれが奴の本性よ。

この日ノ本の、魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもを統べる、長だ。」

その目の前で、岩城は一匹の大蛇と対峙していた。

いつの間にやら、大刀を手にしている。

襲い掛かろうとした蛇は、

岩城を捕らえられずその巨大な口腔は空を切った。

岩城が、トンッと地を蹴り、大蛇の頭の上にふわり、と降り立ち、

その脳天にしゃがみ込みざま、大刀を突き刺した。

劈くような、咆哮があがり、大蛇が地面へ落ちた。

その岩城の背に、ムチのようにもう一匹の大蛇の尾がぶち当たった。

「・・・うっ・・くっ・・・」

張り飛ばされて岩城は地に倒れ、姿勢を取り直そうとした岩城を、

大蛇が飲み込もうと、くわっと口を開けた。

「岩城さん!!」

咄嗟に、香藤は大刀を抜き、走り出していた。

と、天を覆っていた分厚い雲が割れた。

そこから、一筋の虹が流れ落ちるように、現れた。

香藤が、地に伏す岩城と大蛇の間に割り込み、

大蛇を袈裟懸(けさが)けにするのと、

その虹が大蛇に降り注ぐのとが、同時だった。

耳を覆いたくなるような嘶きを上げ、大蛇は崩折れた。

地面に叩きつけられた蛇は、しゅうしゅうと音を立ててしぼんでいく。

荒い息をついていた香藤は、はっ、と気付いて太刀を鞘に収め、

岩城を振り返った。

「岩城さん?!しっかりして!大丈夫?!」

倒れていた岩城を抱き上げ、香藤はその腕の中に抱え込んだ。

「・・・香藤・・・お前、は・・・?」

「俺は、大丈夫。心配しないで。」

見ると、大蛇は二匹の木彫りの小さな姿に変わっていた。

その二人を見つめていた菊地は、天を仰いだ。

「・・・天帝に、愛でられているとは聞いていたが・・・」

見上げた空は、雲が切れ、虹が一筋かかっていた。

二人を見ようとせず、背を向け、歩き出した菊地を、

香藤は無言で見送った。

岩城の白金の髪も、輝く九本の尾も、力を失って地面に流れている。

腕を動かすのも苦痛な顔で、

岩城は地に転がった木彫りの小蛇を指差し、

香藤がそれを拾った。

受け取って、岩城はそれを懐にした。

「・・・帰ろ、岩城さん。」

岩城は、香藤の胸に倒れこみながら、瞳を閉じ、微かに頷いた。





「お帰りなされませ。」

すべてを把握している、といった顔で、佐和と雪人が香藤を出迎えた。

言われて、香藤の腰から、雪人が太刀を抜き取った。

その香藤の腕に抱き上げられたまま、岩城は身動きひとつしなかった。

「佐和さん、床の用意は?」

「整っておりまする。」

岩城を抱いて、香藤は廊下を行き、褥に彼を横たえた。

長い尾が下敷きにならないよう、注意して香藤は岩城を支えた。

「岩城さん、起きないほうが・・・。」

無理やり起き上がり、岩城は懐から木彫りの蛇を取り出して、

床の間に安置してあった孔雀明王の像に、その小蛇を戻した。

そのまま、岩城は香藤に背を向け、じっと俯いていた。

「岩城さん?」

香藤の声に、岩城の肩がびくっと揺らいだ。

岩城の肩に手をかけ、顔を覗き込んだ香藤は、

ほろほろと涙を流す岩城を見た。

「岩城さん、どうしたの?」

「・・・お前にだけは、見られたくなかった・・・この姿を・・・。」

「どうして?どんな姿だろうと、岩城さんは、岩城さんだよ。」

はっと、顔を上げた岩城の前に、香藤の優しい微笑があった。

「そうでしょ?」

「・・・香藤・・・。」

岩城の金の瞳から、滂沱(ぼうだ)の涙が溢れた。

「おいで。」

香藤が両手を差し出した。

片手を出しかけて、躊躇する岩城の腕を、香藤は掴んで引き寄せた。





「・・・あ・・・香藤・・・。」

白金の髪が、褥の上に広がっている。

仰け反り、顔を左右に振るたびに、その髪がのたうった。

背の下の尾が、ゆらゆらと揺れる。

朱の浮かんだ目元から、止まらない涙が伝わっていた。

「・・・愛してる、岩城さん。」

香藤の言葉に、岩城が息をつめて彼を見上げた。

濡れた金色の瞳が、霞むように揺らいだ。

「・・・香藤・・・。」

顔をゆがめて、岩城は香藤の肩に縋った。

「・・・泣かないで。」

「・・・ああ。」

「すぐに、啼かせてあげるから・・・。」

「・・・馬鹿・・・。」

香藤の指が、岩城の茎を捉えた。

それは、すでにくっきりと勃ち上り、熱を持っていた。

軽く擦りあげるだけで、先走りが漏れ出した。

「・・・んっ・・・あぁっ・・・」

岩城の両脚が、膝立ちし腰が動いた。

「・・・はぁっ・・・か、香藤・・・」

求められるまま、香藤は岩城の蕾に指を沈めた。

「・・・んんぅっ・・・」

岩城の柔壁がその指を取り巻き、締め付ける。

抜き差しを繰り返しながら、香藤は岩城の唇を捕らえた。

貪るように舌を絡め合い、吸い上げる。

唇を離したとき、岩城の涙は止まり、

その金の瞳は別の潤みを湛えていた。

「・・・香藤・・・」

「ん?」

「・・・お前が欲しい・・・」

「うん。」

香藤は、岩城の蕾から指を引き抜くと、両手で岩城の腰を抱えた。

「・・・挿れるよ。」

「・・・んあぁっ・・・」

香藤を取り込もうと両腿が天を向くほど足を身体に引きつけて、

岩城はそれを受けた。

「・・・ああっ・・・香藤っ・・・香、藤っ・・・」

長い九本の尾が、うねうねと快感に蠢いた。

香藤が、叩きつけるように動き始めた。

「・・・あぅっ・・・」

途端に岩城が顔をしかめ、

背に押さえつけられた尾が痛んでいるのに気付いて、

香藤は岩城を抱え起き上がった。

褥に座り、岩城を膝の上に乗せて香藤は膝を立てた。

「・・・あぁぁっ・・・」

ずぶり、と香藤の茎が奥を蹂躙し、岩城は仰け反って悲鳴を上げた。

「・・・かとっ・・あぁっ・・香藤ォッ・・・」

彷徨う岩城の手が、香藤の肩を掴んだ。

突き上げる香藤にあわせるように、岩城の腰が上下する。

「・・・ふぅんっ・・・あぅん・・・うんっ・・・」

「・・・岩城さんっ・・・綺麗っ・・・」

香藤の声が聞こえたのか、

仰け反っていた岩城が香藤の肩に縋って顔を向けた。

「・・・香藤・・・」

眉を寄せて、岩城は香藤を見つめた。

欲情に染まった、岩城の上気した顔。

切なげに見つめる岩城に、香藤は微笑んだ。

「・・・お前・・・こんな俺を・・・」

「綺麗だよ、岩城さん・・・もう、俺、堪んない・・・。」

香藤は岩城の足首を掴んでぐるり、と岩城の体を回転させた。

「・・・んあぁっ・・・」

擦られる内壁に、岩城が呻いた。

咄嗟に枕を抱え込み腰を揺らす岩城を、

両脇に尾を抱え香藤は背後から攻め立て、抜き差しを繰り返した。

「・・・あっはぅっ・・・んっ・・・香藤っ・・・あっあぁっ・・・」

白い岩城の肢体が桜色に染まり、香藤の律動にその身体がくねり、

自ら腰を高く突き出す。

その岩城の背に、香藤は唇を這わせた。

「・・・はぁんぅっ・・・香・・・香藤・・・もっ・・・」

「うん、岩城さん・・・」

香藤がいきなり岩城の中から、茎を引き抜いた。

「・・・香藤っ・・・?」

「ごめん。やっぱ顔見てたいから。」

香藤は岩城の腕を引っ張り、天井を向かせた。

「痛い、尻尾?」

「・・・いい・・・早くっ・・・」

岩城が香藤の肩に腕を回した。肩で息をついて喘ぐ岩城に、

香藤は堪らず突き進んだ。

「・・・んああぁっ・・・」

香藤の腰に両脚を絡め、岩城は縋りついた。

「・・・ひぃっ・・・」

岩城の背が反り返り、白濁を二人の間に飛ばした。

白金の長い毛足の尾が、立ち上がり震え、まるで踊るように蠢く。

香藤もまた、岩城の奥へ自分を叩きつけるように吐き出した。

仰け反った背と褥の間でのたうっていた岩城の尾が、

パタリ、と褥に落ちた。

「ごめん、大丈夫?具合、悪いのに・・・」

「・・・いや・・・いい・・・」

岩城を抱きしめながら、香藤は微笑んだ。

「綺麗だよ、岩城さん。」

「・・・馬鹿・・・」

岩城の長い尾が、香藤の言葉に恥じらって揺れた。

その尾を、香藤は手に取ると、歯を立てずに噛み付いた。

「あぅっ!・・・こっ・・・こらっ・・・!」

「なんで?いいじゃん、したいんだもん。痛い?」

「・・・痛くはないが・・・まったく、子供か、お前は・・・」

香藤の胸に頬をつけて、岩城は溜息をついた。

「・・・眠い?もう、寝よっか?」

「・・・うん・・・」





翌朝、香藤はぬくぬくとした暖かさに包まれて目覚めた。

瞳を開くと、自分が岩城の長い九本の尾に包まれているのに気付いた。

「・・・うはっ・・・」

思わず、香藤の顔が綻ぶ。

岩城は香藤に寄り添って、クークーと寝息を立てて眠っていた。

香藤は身体にかかる岩城の尻尾を掻き分けると、

岩城の胸をつまむように唇を這わせた。

「・・・ん・・・」

岩城が、その感覚に身じろぎをした。

ゆっくりと瞳が開き、金色の瞳が現れた。

「・・・おはよ、岩城さん。」

「・・・ああ・・・香藤・・・」

岩城が、自分の姿に気付いて、がばっと飛び起きた。

それを、香藤はくすくすと笑いながら見上げていた。

「・・・香藤・・・俺は・・・」

「いいよ、気にしないで・・・あのね、前にね・・・」

「前に?」

「・・・うん、見たことがあるんだ。岩城さんの姿。」

「香藤?!」

目を見開いて、岩城は香藤を見つめた。

少し、怯えたような顔をする岩城を、香藤は笑って抱き寄せた。

「ちょっとだけだったけどね。

だから、わかってたから、気にしないで。

俺、岩城さんのこと、愛してるんだから。」

唇を震わせて、香藤を見つめる岩城を、

香藤は引き寄せ、その唇を喰んだ。

舌を絡め、歯列をなぞる香藤の舌に、岩城の息が上がる。

「・・・んっ・・・」

熱い息を漏らす岩城に、香藤は堪らず腰を擦り付けた。

はっきりと自己主張している香藤に気付いて、

岩城は顔を真っ赤に染めた。

「・・・香藤ッ!朝っぱらから・・・」

ゴツン、と香藤の頭に岩城の拳骨が落ちた。

「いっ・・・たぁ〜い・・・なにすんのっ?!」

「いい加減にしろっ!」

岩城が褥から立ち上がった。

途端に、ぐらりと揺らいだ体を香藤が慌てて抱きとめた。

「・・・大丈夫?」

「うるさい!誰のせいだ?!」

「・・・ごめん・・・」





門の前に止まる牛車の傍に、香藤が立っている。

二人は、いつも一緒に大内裏へ出仕する。

香藤の夜勤明けの日以外の、毎朝の光景である。

門をくぐり、岩城が出て来た。

黒髪に、黒い瞳。

麻の葉文様の織りの黒い狩衣。青紫の単が映える。

岩城は香藤とは対照的な、むっつりとした顔で、彼を見返した。

「怒んないでよ。」

「・・・別に、怒ってはいない。」

そう言って牛車に乗り込んだ。

後ろに続きながら、香藤は嘆息した。

「・・・もう・・・。」

クス、と岩城が笑った。

ふふ、と香藤は笑い返した。

「怒ってなんか、ない。」

「ほんと?」

「ああ。」

「よかった。」










               〜終〜




         2005年8月7日


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