These are the days of our lives

         −チャンピオンの休日 13−









岩城と香藤を眺めながら、チームスタッフ達が口々に言い合っていた。

「キョウスケって、あんなだったっけ?」

「いや、色気もそっけもなかったはずだが。」

「だよな?」

「格好いいわねぇ、彼。」

スタッフの連れてきた女が、そう言って見とれているのを、

男達が呆れて口を開いた。

「格好いいたって、ヨウジの女だぜ?そう言ってんだろ、自分で。」

「雑誌、読んでないのかい?」

「読んだわよ。いいじゃない、格好いいものは、格好いいんだから。」

「先月のパーティーのときは思わなかったんだけどさ。」

岩城に視線を向けながら、

「なんか、こう・・・。」

そういう男に周囲が頷いた。

岩城は香藤の片腕を腰に巻きつけたまま、

香藤の反対側へ首を向けて、

マクガバンオフィスのスタッフと話をしていた。

香藤に腰を寄せるように立っているその姿は、

まるで科を作っているように見えて、

男達は困ったように顔を見合わせた。

「なんだか、色っぽいんだよな、あれ・・・。」

「あ、それは思うわね。」

誰かの妻がそう言って笑った。

「あの立ち方は、男じゃないもの。」

そう彼女が言って、岩城に視線を向けると、

彼は香藤の腕から出て歩き出したところだった。

「でも、歩く姿は男ね。」

「どっちなんだよ?」

「男だし、女でもあるってことでしょ?」

「はぁ?」

男達がわけがわからないといった声を上げるのを、女達は呆れて笑った。

「男にはわからないわよ。」

「言われなくても、わかんねぇよ。」

「わかりたくもないけど。」




「キョウスケ、聞いてもいい?」

顔見知りのスタッフに声を掛けられて、岩城は立ち止まった。

「うん、なんだい?」

「ほんとに、キョウスケが抱かれてるの?」

その声に、岩城の周囲が静かになった。

一瞬、ぽかんとして、岩城はゆっくりと微笑んだ。

「そうだよ。」

あっさりと答える彼に、スタッフが肩をすくめた。

「驚きね、ほんとだなんて。」

「どうして?」

「だって、ものすごく男くさい、って感じだったのに。」

声を上げて岩城は笑うと、カリカリと頭をかいた。

「実を言えば、俺が一番信じられないんだよ。自分のことなのに。」

「えー?」

「じゃあキョウスケは、ヨウジのどこに惚れたの?」

岩城はにっこりと笑うと、自分に注目している周囲に頷いた。

「最初は、これから先、もっと洋二は凄くなる。

同じ時代に生きてることが幸運だと思った。

まぁ、男が男に惚れる、って奴だったな。」

「それが、変わったわけね?」

「ああ、そうだ。」

岩城は頷くと、ふと口を閉ざした。

顔を上げると、スタッフを見返してにこりと笑った。

「洋二がどこまで行くのか、それを俺は隣で見届けたい、

その場所を誰かに渡すのはいやだ、そう思うようになったんだ。」

「でも、彼、結構わがままじゃない?」

笑いながらそう言うスタッフに、岩城も破顔した。

「ま、それは仕方ないね、惚れちゃったしね。」

「仕方ないことなの〜?」

いきなり、香藤の声が聞こえて、岩城は驚いて振り返った。

「そういう意味じゃない。」

「ならいいけどさ。」

香藤がするりと岩城の腰を抱き寄せた。

「こら、いい加減に離れろ。」

「いやだ。岩城さん、色っぽ過ぎるんだもん。

知らないの?注目されてるんだよ?」

「誰が注目するっていうんだ?

だいたい、俺のことを色っぽいなんていうのは、お前くらいのもんだ。」

「ほーら、わかってない。」

香藤はそっと岩城の耳に唇を寄せた。

「うちのチームにはね、ゲイもいるんだよ?」

そう囁かれて、岩城は驚いたように、そっと周囲に視線を向けた。

「だから、心配なの。今日の岩城さんの服だって、かなりやばいんだから。」

「どこがだ?お前がこれを着ろって、出してたんだろうが。」

身体の線が露になる白いシャツと、タイトなローライズのジーンズ。

腰が思い切り強調されたそのシルエットに、香藤は顔をしかめた。

「うん、失敗したと思ってるよ。

岩城さんのかっこいいスタイルが出るのはいいけど、

今日はまずかったね。」

「お前とほとんど同じ格好だと思うが?」

ニットのプルオーバーを着て、ジーンズを履いた香藤を、

岩城がそう言って見下ろした。

「違うの。岩城さんの身体って、奇跡みたいなもんなの!」

「はぁ?!」

岩城が頓狂な声を上げた。

「自分でわかんないだけなの!俺は全部知ってるから!」

「でかい声で、そんなこと叫ぶな!」

「だって・・・岩城さんの身体って、エロいんだもん。」

香藤がそう言って口を尖らせ、

岩城の身体に沿って、手のひらを滑らせた。

「このラインでしょ、この腰でしょ、それで、こうくびれてて、

こっちにまあるいちっちゃいお尻・・・。」

「ばっ・・・!お前、俺の身体が、目当てだったのか?」

岩城が身体の上を動く香藤の手を叩き落とした。

「そうじゃなくて、さあ!」

岩城を抱きこんだまま、香藤はぶすっとして彼を見つめた。

怒鳴りかけて、岩城は溜息をついた。

「なんでいきなり、そんなこと言い出したんだ?」

香藤が目の前にいたスタッフ達に視線を向けた。

「みんな、見る目が違ってんだもん、前と。」

「当たり前だろうが。

一緒に暮らし始めたのを、みんなが知ったんだ。

以前はただの友人の記者だと思ってたんだぞ、

見る目が変わるのが当然だろう?」

「違うって。そうじゃなくて。」

くすくすと笑う声が聞こえて、岩城と香藤は顔を上げた。

周囲が吹き出すのを我慢している顔で、二人を眺めていた。

「そういうの、なんていうか知ってる、キョウスケ?」

「え?」

「痴話げんか、っていうのよ。」

「喧嘩、とも言えないだろう、これは。」

「じゃあ、じゃれてるだけ?」

「それだ。」

周りがそう言いあって大笑いするのを、

香藤と岩城は顔を見合わせて苦笑していた。

「まぁ、確かに目の毒だよね。」

チーム内で、ゲイだと公言しているスタッフが、ポツリとこぼした。

周囲が振り返り、彼は肩をすくめて両手を挙げた。

「誤解しないでくれよ?

ヨウジから奥方を盗ろうなんて、馬鹿なことは思ってないから。」

香藤に頷いて、彼は大きく溜息をついた。

「こんなことなら、もっと前に声掛けとくんだったよ。」

「今更、言っても無駄だろう、お前。」

同僚にそう言われて、彼は大げさに両手を広げた。

「まったくだね!俺はチャンプを敵に回すほどの度胸はないよ。」

そう言って笑う彼に、周囲は内心ほっとして、笑顔を浮かべた。

「でもさ、言わせてくれよ。

こんなに色っぽくなるなんて、まるで詐欺みたいなもんだぜ?

何でこうなったんだろう?」

「お前、そりゃ・・・、」

どこからか、呆れた声が聞こえた。

その声に、みなが振り返ると、マークがしたり顔で頷いた。

「ヨウジに愛されてるからだろ?」

そう言って香藤に視線を向けると、みながそれに習った。

苦笑する岩城の腰に腕を絡めたまま、香藤はにんまりと笑った。

「ま、当然だね。俺以外には、岩城さんは脚開かないよ・・・あてっ・・・」

ぺち、と額を叩かれて、香藤はぶー、と脹れた。

「そういう、露骨なことを言うな。」

「あれ?違うの?」

真顔でそう聞き返されて、岩城は少し言葉に詰まって香藤を見返した。

「違わないがな、言わなくていいことだろうが、そんなことは。」

「なんで?」

「当たり前のことだからだ!・・・まったく・・・。」

眉間を寄せる岩城とはまったく対照的に、

香藤は蕩けそうな顔で岩城を見つめた。

顎に手を添えて自分の方を向かせると、

香藤は岩城の眉間に唇を当てた。

「だめだよ、皺になるから。そんな顔しちゃ。」

「お前のせいだろうが。」

「うん、ごめん。」

「・・・なんだか、見てられなくなってきたな。」

マークがそうつぶやいた。

周りが少し疲れたように、笑い声を上げた。

「F1ワールドチャンプも奥方の前じゃ、形無しだな。」

「甘えてんだよ。キョウスケは頼りがいがあるから。」

「そういう意味じゃ、いい嫁さんを見つけたな、ヨウジは。」

にっこりと笑って、香藤は頷いた。

「うん、俺、すごく幸せだね。」

「・・・はいはい、言ってろよ。」

爆笑が上がって、岩城は苦笑しながら香藤の頭をぽんぽんと叩いた。






「封筒、って言ってたのは、これか?」

パーティーが終わり、家へと戻っていくチームスタッフを、

遠方から来て泊まって行く者たちと一緒に見送って、

岩城と香藤はオーベルジュのスイートへと移った。

メインハウスにあるその部屋は、白を基調とした広い部屋だった。

テーブルの上に、持ってきたバスケットが置かれ、

天蓋付のベッドの上にA4サイズの茶封筒が乗っていた。

「あ、うん。」

「泊まるなら、そう言えばいいのに。

何も用意してきてないぞ?どうするんだ?」

「大丈夫だよ。汗かいてないし、これ着て帰れば。」

「でも、下着くらいはな。」

「泊まるって言ったら、理由を言わないといけないでしょ?

それじゃ、ばれちゃうじゃん。」

「そうだけどな。」

香藤がその封筒を取り上げて、悪戯そうに笑った。

「岩城さんが、下着って言うと思って、送っといたんだ。」

「は?」

香藤がべりべりとその封筒を破ると、

ぱさっと下着が2枚、ベッドの上に落ちた。

香藤のグレーのボクサーと、岩城の黒いビキニ。

それを呆然として見つめて、岩城は呆れて香藤を見返した。

「ね?用意いいでしょ、俺。」

「お前、いくらなんでも、これはないだろう?」

「なにが?」

「封筒にパンツ入れて送るなんて、どうかしてるぞ。」

香藤はきょとんとして岩城を見返した。

その顔に、溜息をついて、岩城はベッドへ座った。

「お前らしいって言えば、お前らしいけどな。」

香藤がふっと微笑んで、岩城の隣に座った。

「楽しかったね、岩城さん。」

「ああ、驚いたけどな。いいパーティーだった。」

「うん。みんな来てくれたし。

名前しか知らない人もいたから、会えて嬉しかったよ。」

「みんな、お前を支えてくれている人たちだ。大事にしないと。」

目を細めるように笑って、香藤は頷いた。

「すごいな、と思った。」

「なにが?」

岩城は少し黙ると、ほっと息を吐いた。

「みんなお前のことが好きなんだな、と思ったんだ。

メカニックって、結構偏屈だったり、

俺のマシーン、ってのがまず大事って人が多いけど。」

「ああ、それはそうだよ。でも、けどって?」

「今日、言われたんだ。

俺のマシーンに乗ってるのが、ヨウジだから、余計に必死になるって。」

「へぇ、そんなこと言われたんだ?」

「うん。直接お前に会ったことはないって、言ってたが。

そう言ってもらえるのは、ドライバーとしちゃ、幸せじゃないか?」

「うん、すごくね。」

香藤はそう言いながら、岩城の髪を撫でた。

「いいチームと、いいスタッフと、それに、岩城さんがいるから。」

「香藤・・・。」

そっと、香藤の唇が近づいてきて、岩城は瞳を閉じた。






「どこなんだ?」

「しーっ・・・こら、静かにしろよ。」

男達が数人、壁にへばり付くようにして、廊下の向こうを伺っていた。

「この先か?」

小さな声で、辺りを憚るように男が一人、囁いた。

「そうだ。」

頷きあって、彼らは足音を立てないように廊下を進んだ。




ここ?と、一人がドアを指差した。

頷いた相手に、にんまりと笑って、

男達がドアに耳を当てた途端、ぎょっと目を見開いた。

『・・・んぁあっ・・・あぅんっ・・・』

ぎしぎしという音と、衣擦れの音、

荒い息遣いに混じって、喘ぎ声が聞こえてきた。

『・・・はっんぅっ・・・あぁっ・・・』

ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

ぴったりとドアにつけた耳に、岩城の掠れた声が届いた。

『香藤・・・早くッ・・・』

『欲しい、岩城さん?』

喘ぎ声に混じって、岩城の途切れ途切れの声がする。

『・・・欲しい・・・もっ・・・もうっ・・・』

『いいよ、達って・・・』

『あぁぁっ・・・』

上がった悲鳴に、それを聞いている男達が耳まで真っ赤にして、

ばつが悪そうに顔を見合わせた。

『・・・岩城さん、愛してる・・・』

『・・・ん・・・香藤・・・ああ・・・』

荒い息が続き、そのまま静かになるのかと思った矢先、

再び聞こえてきた岩城の喘ぐ声に、彼らは慌ててその場を離れた。

「・・・参ったな・・・。」

「びっくりした・・・。」

「・・・やめときゃよかった・・・。」

呆然とした顔で、男達は廊下を振り返った。

「色っぽいなんて、信じられなかったけど・・・。」

「うん・・・。」






「岩城さん、食べる?」

香藤が持ってきたバスケットの蓋を開けた。

その中には、岩城が用意したサンドイッチが詰まっていた。

「ああ・・・食べる。腹が減った。」

香藤が、ベッドの上に起き上がろうとした岩城を抱えるようにして座らせると、

そのひざの上にバスケットから出した皿に、サンドイッチを乗せて置いた。

「今、飲み物持ってくるから、待っててね。」

「うん。」

並んで座って、サンドイッチを頬張りながら、岩城は笑った。

「持ってきて正解だったな。無駄になるかと思ったが。」

「お腹すいたしね。」

「・・・誰のせいだ?」

「あ、俺・・・。」

くすり、と顔を見合わせて、岩城は軽く香藤の頭を撫でた。






「おはようございまーす。」

「おはようございます・・・。」

「・・・あ・・・おはよ・・・ござい、ます・・・・。」

香藤に抱きかかえられるようにして、通り過ぎる岩城を、

昨晩泊まったスタッフ達が唖然として見送った。

目元が潤み、身体が傾いで、香藤に支えられて歩いている。

「おはよう、みんな。」

「あ・・・おはよう、ございます。」

みなの注目を浴びながら、香藤はゆっくりと岩城を椅子に座らせると、

その背を優しく撫でた。

上を向いた岩城の喉下に、

赤い痕があるのに周囲が気づいた。

香藤が、ゆっくりと岩城の唇を舐め、

お互い喰むように唇を合わせるのを、

慌てて視線をそらそうとして、失敗した。

「・・・ん・・・」

目元に紅を浮かべたままの岩城の表情から、

匂い立つような色気に視線を固定させたまま、

男達は口を開けて呆然としていた。

彼らの耳に、昨晩盗み聞いた岩城の声が甦った。

「・・・うわわゎ・・・。」

「・・・やっべぇ・・・。」

男達の股間を直撃して、岩城は疲れた顔で、テーブルに頬杖をついた。

「大丈夫?」

「まったく・・・こんなとこで、ここまでやらなくてもいいだろうが。」

「だって・・・止まらなかったんだもん。」

「いつものことだろう、お前は。」

「うん、ごめん。」






「じゃ、またね!」

「ああ、次に会うのは、シルバーストーンだな。」

「うん。新しいマシーン、楽しみにしてるよ。」

「キョウスケも、またな。」

「ああ、じゃ、気をつけて。」

レンジローバーに乗り込む二人を、

スタッフ達は今度こそ呆れて、言葉もなく、走り去るのを見送った。

「ありえねぇ・・・。」

「ヨウジが助手席かよ?!」

あんまりじゃん、そうつぶやくスタッフに、マークが笑い声を上げた。

「いいんじゃねぇの?尻に敷かれてるってことだろ。」

「あれが、ヨウジ・カトウかよぉ・・・。」

「だからって、ヨウジが変わるわけじゃなし。

ま、二人がそれでいいんなら、俺達が口出しすることじゃないよな。」

男達は、それぞれぶつくさと言いながら、帰路についた。





     続く




     弓



   2006年11月25日
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