−  予 期 せ ぬ 出 来 事  −   Eyes of lust from a camera.







「なんだ、佐久間。また夜勤か?」

「あっ、はい。」

「いくら交代を頼まれたからって、お前も断れよ。うちの会社は規定以外の夜勤は

手当てが出ないぞ。」

「知ってます・・・」

「若いとはいえ、体が資本だからな、無理するなよ。」

「はい。」




佐久間真治はこのエレベーター管理会社に入ってもうすぐ二年になる。


人と関わることが苦手で内気な性格の彼は、ひとつの職場に半年と落ち着くことが出来

なかったが、この職場は誰にも煩わされることなく、モニター監視室に一人で居られる

夜勤があるので続いていた。

給与の面でさほど変わらなければ、誰も好き好んで夜勤をする社員など居ないので、

自ら進んで夜勤を交代した。

仕事内容は、エレベーター内のカメラからの映像をモニターで監視することだった。

この高層ビルの南側には八台のエレベーターがあり、二つのモニター監視室がある。

佐久間の監視室にも四台のモニターが目の前にあるが、2名ずつ監視する昼間の勤務

と違い、夜勤となると利用者も少ないので、エレベーター内の非常用連絡ボタンのから

の連絡が無い限り、殆どモニターを見る事は無かった。

夜9時から朝5時までの静かな勤務時間を、佐久間は大好きな読書に費やしていた。

日本文学を好み、特に三島由紀夫の作品はすべて表紙がボロボロに成るほど、何度も

読み返していた。

今夜も、もう何度目になるかわからない三島由紀夫の”仮面の告白”を読もうと本を手に

ゆったりと椅子に腰掛けた。

ブブー、ブブー、ブブー・・・

南側2号機の最上階直通エレベーターの非常用連絡ボタンのランプが、異常を知らせる

音と共に点灯した。

そのエレベーターのモニターを見ると、非常灯の薄明かりのせいで、顔をはっきり見るこ

とが出来ないが、エレベーターの中に二人のタキシード姿の男が映っていた。

胸にバラを挿した黒髪の男が非常用連絡ボタンを押している。

時間は21時06分。佐久間にとって嫌な一日の始まり方だ。連絡表に時刻を書き留め

て、少しムッとしながらインターホンのスィッチを入れた。

「はい。管理センターです。どうしました?」

「エレベーターが急に止まってしまったのですが・・・」

「階数表示が見えますか?」

「はい、21階になってます。」

「お待ちください。このまま、メンテナンスに連絡します。」

 ・・・・・・・・・・

「お待たせしました。只今そのエレベーターは20階と21階の間で止まっています。すぐに

復帰作業に入りますが、1時間ほど要します。安全装置が作動していますので、急に動

いたり換気、室温等に問題は要りません。閉所恐怖症などの症状はありますか?」

「いえ、今のところ大丈夫です。このまま、待つことになるんでしょうか?」

「はい、申し訳ありません。すでに復帰作業に入っています、何かありましたら非常用

連絡ボタンを押してください。メンテナンスと直接話せますので。大変ご迷惑をお掛けし

て申し訳ありません。」



佐久間はマニュアル道理の対応をし、スィッチを切った。

ただ、人との関わりを嫌う佐久間はモニターで監視していることは言わなかった。

今までにも何度か同じような状況があったが、後はメンテナンスの仕事である。

自分の仕事はここまでなのだから、余計な事を言う必要はない。

これでいつも通りに、静かに読書に没頭できる。本を手に椅子に腰掛けようとしたその

時、何気に止まっているエレベーターのモニターが視界に入った。



佐久間は思わず手に持っている本を落とした。



そこには、二人のタキシード姿の男が抱き合い、キスを交わしている姿が映っていた。

それはキスというよりも口付けだった。舌を絡ませているようで二人の頭が交互に角度

を変えても唇が離れることはなかった。

長髪の男がゆっくりと服を脱がし優しく愛撫する度に、黒髪の男は与えられる快感に

身体を捻らせて声を上げているようだ。

男同士のセックスを初めて見る佐久間は、気づかなぬ内に興奮し始めていた。

黒髪の男は仰け反りあられもない姿をガラスに映している。長髪の男はその細い腰を

掴んで髪を振り乱し激しく腰を突き上げていた。

非常灯と月明かりが照らす、ガラス張りの薄暗いエレベーターの中から、カメラを通して

映し出される男たちの、情欲に身を任せ絡み合う淫靡で官能的なその姿は、佐久間の

身体を釘付けにして離さない、目を見開いたまま思わず喉を鳴らした。

突然二人の動きが止まる。佐久間にもそれは分かった、同時に絶頂を迎えたのだ。

荒い息をしながら口付けを交わす。そして抱き合いゆっくりと床に座る二人。



暫く立ち尽くしままモニターに見入っていた佐久間は、まるで魔法が解けたように椅子に

腰を下ろした。

「うっ!」

股間に痛みが走り、慌てて両手で押さえた。。

それは張り裂けんばかりに膨張した佐久間自身の痛みだった。

知らない内に反応していた自分が恥ずかしくて、顔に火がついたように熱くなった。

モニターに目をやるとエレベーターの中に二人の姿はなかった。

すでに非常用ランプは消えて、エレベーターは復帰し通常の運転をしていた。




佐久間は名前も顔も知らないあの長髪の男のことを想い目を閉じた。

汗で張り付いた白いシャツの上からでも素晴らしい肉体だと分かっていたが、シャツを

剥ぎ取るように脱ぎ捨て、露になった長髪の男の背筋が、腰を動かすたびに隆々と

動く、黒髪の男を抱きかかえる鍛えられた逞しい腕、無駄肉の全くない引き締まった臀部。


それらは、佐久間が愛して止まない三島由紀夫の”仮面の告白”の一篇を彷彿させた。

  
      ーそれを見ると私の胸がさわぎだした。彼はYシャツも脱いでしまって袖なしの

        ラン二ングだけであった。皮膚の浅黒さがシャツの純白さをどきついぐらに

        清潔に見せていた。それは遠くまで匂って来そうな白さだった。くっきりした

        胸の輪郭と二つの乳首が、この石膏にレリーフされていた。

        彼の二の腕が固く膨れ上がり、彼の肩の肉が夏の雲のように盛り上がると・・・


「あっ・・あぁぁ・・」

佐久間自身が信じられないほど、あっけなく果てた。

『会いたい・・・あの人にもう一度・・・』




コンコン・・・


佐久間は心臓が止まるほどびっくりした。

そして、慌ててズボンのファスナーを上げた。

「はっ、はい。」

「佐久間君、夜勤ご苦労様だね。南側2号機だが、今は通常通りに運転しているが、今

しがたまで止まってたようだね。」

「あっ、早川部長・・。はい、お疲れ様です。」

「どのぐらい止まってたのかな?」

「約1時間です・・・。えー、エレベーター内の非常用連絡ボタンから連絡が入ったのが

21時06分です。黒髪の男性がボタンを押していました。」

佐久間は連絡表を見ながら正確な時間を伝えた。

「そうか、岩城京介だな。安全装置など、非常事態の対処に滞りはなかったんだね。」

「は・・い、マニュアル通りに対処しました・・。詳しい報告書はまだ書いていないのです

が・・・」

「ああ、報告書は後で提出してくれれば問題ない。実はね、佐久間君。そのエレベーターに

缶詰になってたのが、今人気の芸能人二人でね。君も知ってるだろう、俳優の岩城京介と

香藤洋二だよ。」

「はぁ・・」

人と関わる事が苦手なだけでなく、世俗に興味がない佐久間は家にテレビも無い、まして

や写真週刊誌など読むことが無いので、芸能人の事など殆ど知らなかった。

「テレビのニュースで見た限り、当人たちは至って元気な様子だった。君の監視中、エレベ

ーターが停止している間、中で何か特別なことは事はなかったかな?」

「と、特別なこと・・ですか?」

「ああ、私の経験上では、閉所恐怖症や持病の発作などはいろんな形で出るからね。呼吸

困難になったり、落ち着かなくなったりね。」

「いえ、そんなことはありませんでしたけど・・・」

「それならいいんだ。いろいろと会社に問題が起きると困るのでね。」

「は・・い・・。」

「録画テープの管理は大丈夫だろうね?」

「えっ、あっ、はい。通常通り作動しています。」

「それから、今回のことがちょっとした騒ぎになっているようなので、君にも誰かコンタクト

してくる可能性がある。返答にはくれぐれも気をつけてほしい。」

「はい・・」

「しっかり頼むよ。佐久間君。」

「解りました。早川部長。」




『そうだ!録画テープがあった!』

しかし、たとえて手に入れたとしてもあの非常灯の薄暗い中では顔も満足に分からないし

名前も分らないのだ。

『名前・・・』

「そうだ!」

佐久間はさっきの部長との会話を思い出し、思わず叫んだ。

『・・・・君も知ってるだろう、俳優の岩城京介と香藤洋二だよ。』

「そうか、黒髪の男が岩城京介という事は、長髪の男は香藤洋二だ。えっ、香藤・・・洋二

って・・・まさか・・・あの長髪の男・・・」

『テレビのニュースで見た限り・・・・・・』

「テレビだ!テレビのニュースを見なくちゃ!」





監視室を飛び出すと一目散にテレビのある休憩室へ向かった。

すぐにテレビを点けるが、どこのチャンネルに合わせば今の時間ニュースをやっているの

か、普段殆どテレビを見ない佐久間には分からず、ただ闇雲にチャンネルを変えていた。

そこへ、残業を終え帰宅前に休憩室で一服している女子社員たちの会話が佐久間の耳に

届いた。



「今日は遅くまで残業してて良かった。まさか香藤洋二に会えるなんてね。」

「ホント、ホント。岩城京介も一緒だったし。」

「二人とも写真より、実物のほうが全然いいよね。」

「この週刊誌も良く映ってるけど、やっぱ実物よね。」



見ず知らずのしかも女性に声をかけるなど、佐久間にとってはとても勇気のいることだった

が、どうしても、どんな事をしてでも、香藤の顔を見たかった。


「すみ・・ません・・。あの・・・。その週刊誌に・・香藤洋二の写真が載ってるん・・ですか?」

「えっ、ええ。」

「あの・・ちょっと・・見せて・・頂けませんか?」

「はい、いいですよ。えーっと、このページです。」



佐久間は呼吸をするのも忘れそうなぐらい、驚き、歓喜した。



ー そこには太陽の様に輝く、素晴らしい笑顔の香藤がいた。ー



涙が溢れ香藤の写真の上に、ポタッポタッと、落ちた。



女子社員たちは、佐久間の様子がおかしいのに気づき、

「あの・・その週刊誌もう読んだから、良かったらどうぞ。」

そう言うと、そそくさと帰って行った。




『・・・洋ちゃん・・・やっぱり、洋ちゃんだったんだ。』





千葉県出身の香藤洋二は、10代の頃からサーフィンの名手として地元では有名だった。


同じ千葉県出身の佐久間の実家は今では廃業しているが、10年前まで千葉県の九十九

里浜で海の家を営んでいた。その頃、香藤は週末になると佐久間の海の家に足を運んで

いた。

三つ年下の佐久間は、内気で身体があまり丈夫ではなかったため、いつも遠めで香藤を

眺めながら、羨ましい気持ちと憧れを抱いていた。。

香藤は今ほど鍛えてはいなかったが、当時から長身にめぐまれた素晴らしいスタイルを持

ち、時たま見せるあの太陽のような笑顔と人懐こさで周囲の人たちに人気があった。

ある日、佐久間は少しでも香藤に近づきたいと海に出た。

ところが大きな波に呑まれ溺れてしまい、病院で意識を取り戻した時、病院に運ばれる前

に大量の海水を飲み呼吸困難になっていた佐久間を、マウスtoマウスで香藤が助けてくれ

たと人伝に聞かされ、恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいになった。

久しぶりに香藤に会い、助けてもらったお礼を言わなくてはと話しかけようとしたが、香藤の

唇を見ると、火が点いたように顔が紅くなってしまい、うまく言葉が出なかった。

「どうしたんだよ佐久間、真っ赤な顔して。」

「あの・・・助けてもらっ・・て・・・」

佐久間はただ俯くことしか出来なかった。

「お前、もしかしてあれがファーストキッス?俺、奪っちゃったの?ハハハ・・・」

それがきっかけで、香藤と話しをするようになった。

友達がほとんど居ない佐久間は、こまめに香藤の世話をした。

海から戻ればタオルを渡し、喉が渇いている様なら好みのドリンクを用意した。

それを恋心だと呼べるものなのか分からないが、香藤に特別な感情を抱いていた。

香藤はと言えば、その頃から女性に不自由していなかった。男が男を好きになるなど考え

られなかったし、まさか佐久間にそんな特別な感情が芽生えているとは夢にも思っていな

かった。



暫くして、役者を目指してる香藤がAV男優をしているという噂が流れ始めた。

佐久間は気がついてみると香藤のことを何も知らない。それなりに調べたり、人に尋ねたり

したが、香藤との接点は見つけられなかった。


あれは、佐久間が熱を出して寝込んだ時だった。

「お前がいないと寂しいから、早く元気になれよ。」

と、久しぶりにサーフィンをしに来た香藤が言っていたと母親から聞いた。


ここで待っていれば必ずまた、香藤はサーフィンをしに来てくれる。最後まで海の家の廃業

に反対した佐久間だったが、父親が亡くなったのをきっかけに廃業を余儀なくされた。


そして・・・あれから10年ぶりの再会・・・





気がつくと、佐久間は週刊誌を抱きしめ、さっきまで香藤と岩城が缶詰状態になっていた

エレベーターの中に佇んでいた。

『やっと見つけた。ずーっと探してたんだよ。あの時と同じ素敵な笑顔。』

岩城が胸に挿していた真紅の薔薇を踏みつけると、佐久間は囁いた。

「僕が傍に居なかったから、寂しかったんだよね。でも、もう大丈夫。僕たちの邪魔は誰にも

させないから・・・」





おわり?

kaz
戻る BACK NEXT さぁ、皆様、謎の人物でございます。
物凄い、わくわくするんですが!
この、佐久間氏、一体これからどう絡んでくるのか・・・
kazさん、待ち遠しいよぉ!!

エレベーターに設置された、監視カメラからのお二人。
さぞや、色っぽかったに違いない。
(私も見たいんですが(爆))